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藤原信二の今日の一言
ビジネスの移ろい
text by 藤原信二(代表取締役)
過去を振りかって見るとあらゆるビジネスは形あるものから無形のものにその中心は移っていきました。例えば、鉄道を考えてみると1800年代にスタートした世界的な鉄道ブームはまずそのビジネスの中心を鉄鋼をベースにしたレールや橋梁の製造に置き、さらに旅客列車や貨物列車の製造などが続きました。この当時この産業で大もうけをしたのは皆さんもご存知のアンドリュー・カーネギーですね。だんだん時代は下り鉄道周辺の産業でビジネスの中心になってきたのは旅行産業であったり、鉄道施設にともなった不動産開発事業や商業関連事業などの無形のサービス産業です。他の例では、例えば有線電話も製品化直後はインフラやハードウェアのための事業がビジネスの中心であったものがしだいにコンテンツへと移行していきました。
さて、コンピュータの世界はどうでしょうか。人類最初の電子計算機であるENIACが出現した20世紀半ばから半世紀の間に同じような道を歩んできたわけです。最初はハードウェア中心のビジネス。この時代は「ソフトウェアはハードを売るためのおまけ」といわれたものでした。次に「コンピュータ、ソフトがなければただの箱」としだいにソフトウェアにそのビジネスの中心が移っていきました。さらにガースナー会長によってIBM社が1990年代の危機を乗り越えたように、ビジネスの中心はサービスに移行していったのでした。ハードもソフトも会社の中に事業としては残っているが、顧客へのサービスバリューを最大化するためには自社製品にこだわらないと言うアプローチです。結果は大変貌を遂げ急速に業績を回復させたのは周知のとおりです。
リンコムのいるWEBアプリケーションのエリアでも同様の現象が起きています。LINUXによるOSの無料化、さらにアプリケーションサーバーTomcatやJBossによるミドルウェアレベルの無料化が進行しており、システムはこれらフリーソフトを利用して格安につくりサポートやサービスで収益を上げようとしているベンダーが出てきました。さらにアプリケーションパッケージそのものもフリーのものが出てきました。カスタマイズやサポート、サービスなどでベンダーが収益を上げるモデルです。OSやミドルウェアのようなコアテクノロジーの開発にボランティアで参加するのと同じエネルギーレベルで、ボランティア技術者がインターフェースや機能アップなどアプリケーションレベルの改善に力を注いでくれるかどうかがこのモデルが定着するかどうかの分かれ目と思います。どうでしょう。この世界にどっぷり浸かっている私としては難しいと見ていますが、皆さんはどのようにお考えですか。
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